のらねこラッキー 第5話

ラッキーは、どんなに寒くなってきても
自分で見つけた裏の倉庫が大好きでした。
お散歩に出かけても、必ずそこに帰ってきます。
倉庫にラッキーがいない時も、チャリチャリと
どこかでラッキーが遊んでいる鈴の音がします。
とっても優しい、でもしっかり響くラッキーの音です。

初めて買ってもらったラッキーの家

そんなラッキーが、ある夜、突然姿を消してしまいました。
「もうすぐお仕事終わるから!お迎えにくるから待っててね!」
その数分後、ラッキーはもういませんでした。
仕事が終われば、ラッキーの大好きなごはんの時間。
いなくなるはずがありません!
だけれども、その日は、待っても待っても
ラッキーは帰ってきませんでした。
いつもより、じっと神経を集中させて、耳を澄ましてみても
鈴の音はどこからも聴こえてきません。

ラッキーのお散歩コースは、一歩はみ出してしまえば
たくさんの車が行き交う大通り。
私の頭の中には、万が一の事が浮かんでいました。
誰かに連れられていってしまったのかもしれない・・・
どこかに閉じ込められてしまったのかもしれない・・・
まさか・・・交通事故
そう思ったら、涙が込み上げてきました。

とても寒い夜だったけれど、ラッキーの小屋の前で
泣き続けました。
接骨院の皆、残ってくれていました。
もうすぐ11時を回ろうとするとき、トコトコと
どこから出てきたのでしょう。
鈴の音も立てずに、ラッキーが両手を合わせて祈っていた
私の足下に現れたのです。

ラッキーは、とてもしょんぼりしていました。
何かこわいおもいをしてきたんだな。
ラッキーは、じっと下を向いて、ただそれだけを
伝えてくれました。
その夜、ラッキーは接骨院の中で眠りました。

翌日、私は誰よりも早く接骨院へ行き
ラッキーのそばにいました。
すると、次に院長が来て、笑っているのに
静かな顔をしていました。
何を言われるのかは、当然わかっていました。
「きちんと飼い主を見つけてあげよう」・・・?
「保護センターに連れて行こう」・・・?
猫一匹のために、あんなに取り乱してしまったのですから
仕方ありません。

「ラッキーはここに居たいよ!!」
でももう、私にそんなことは言えませんでした。
何かあった時に、助けてあげられない。
ごはんもいっぱいもらえるし、
遊んでくれる人もいっぱいいるし、
なによりここに居れば、たくさんの人に可愛がってもらえて
ラッキーは幸せそうに見えました。
だけど、一番してあげなきゃいけない事を
できない私に、ラッキーをここに居させてあげたい
なんていえる資格はありませんでした。

「麻実ちゃん、ラッキー連れて帰る?
ラッキーにとって、一番幸せなんじゃないかな」
「・・・?」
そう言われた時の私の感情を
正直、今でも思い出すことができません。

それまで、特に猫が好きだったわけでもありません。
どちらかといえば、わんちゃんや猫ちゃんを可愛がって
あげるようなことは、得意ではありませんでした。
その私が、野良猫を連れて帰る?
0%ではありませんでした。

急展開の提案に、私の頭の中はぐちゃぐちゃでした。
ひとつずつ整理して、いろんなことを考えました。
もしも私の家にくれば、ラッキーは朝から晩まで
ひとりぼっちです。
ラッキーが育ってきた大好きな土も
外の空気も、直接感じることができなくなります。
もちろん、そこはラッキーが落ち着く倉庫の中では
ありません。

気が狂ってすごく暴れちゃうかな。
家、ボロボロになっちゃうかな。
そんなことも考えました。
だけど、私が最後の最後まで、
一番心を決められなかった事は
ここで、こんなにもたくさんの人たちに
可愛がってもらっているラッキーを
私が連れて帰ってしまって、
ラッキーをひとりぼっちにさせてしまって、
ラッキーから外の世界までも奪ってしまうことでした。
それが、ラッキーにとっての本当の幸せなのか
わかりませんでした。

ラッキーは、その時はまだ人が触るようなことは
許さない、できない子だったのですが
私は小さい体をより小さくして固まっている
ラッキーの背中をそっと撫でていました。
そうやって、ラッキーも二人の会話をじっと聴いていました。

その日はとても穏やかな日で、きれいな夕陽が沈んで
薄暗くなる頃、私はラッキーの小屋へ行きました。
「ラッキー・・・うちに来る?
・・・一緒におうちに帰ろうか」

ひと晩寝て、朝、目が覚めた時、
私の心は決まっていました。
いちばんの不安を取り除こう。
本当の安心と安全を、ラッキーにあげよう。
ゆっくりゆっくり、ラッキーを飼い猫にする
おかあさんになる覚悟を、私は心に決めました。

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